親から逃げたければ「第二の家族」を作るべし

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家族と離れ「第二の家族」を作るべし

たしは心の居場所が欲しい人のために「第二の家族」をおすすめしたい。
一つ目の家族で失敗したら二つ目の家族を自分で作ればいいのです。

一つ目の家族とは育った家庭。
そこで「なんだかもう疲れたな」となれば出る準備をしましょう。

 

 

第二の家族とは結婚やパートナーを見つけることですが、すぐには無理でしょうから「第二の家族」として信頼関係を作れそうな人と暮らす。

そして拠点を20代のうちに増やすのがわたしの目標。以下はわたしが逃げる要因と考え方を書いていきます。

 

 

親が「親孝行をしろ」と言うのは傲慢である

1度は言われた覚えがあるのではないでしょうか?
親自身が「尊敬される価値のある人間である」と言うのは傲慢ですよ。

 

お返しされて当たり前ではない。
今まで親から受けた恩恵を返すかどうか、どれくらい返すかは子供が決めるもの。
子供の仕事は親が死ぬまでに恩を返すか・仇で返すか・何もしないかの答えを出せばいいのです。

 

親であれば子供のためになんでもするのも違う。逆も同じ。
だからここまでやったからお返しをしなさいと指示されてまでやるのは、子供の人生を支配する育て方ではないのでしょうか。

 

 

大前提として子供は「居候」の立場である

逃げたいと願うけれど「居候」の認識はありました。
親の子である私たちが認識すべき事実なので覚えておくといいです。

母のお腹から生まれ、用意された家に住み、食べ物を分け与えてもらい、自立できるまでの流れを作ってくれました。

よく考えたら20年も居候をしているのですから、自然と感謝の気持ちが出て家を出るのも視野に入るわけです。

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親は子供を「小物」扱いしてはいけない

しかし20年居候した結果、「10年目あたりから居心地が悪いな。でもまだ子供だから出られないな」と感じる時期もあるのです。

ひょっとしたら居心地の悪さは今日までに言われた親からの指摘かもしれません。
その指摘をよく振り返ってみてください。

 

子供へ持ったがんじがらめの嫉妬から出た言葉でしょうか?
それとも愛情から出た言葉でしょうか?
 

親の性格も今まで生きてきた環境から成り立っています。
なにかに劣等感を持ってます。
出た言葉の事実と感情を分けると良いと思います。

 

家庭内で意志を出し続けても「子供(小物)がなんか言ってる」という態度をされたら潔く逃げましょう。
それ、毒親ですから


 

  

本当に関わりたくなければ葬式はしない

葬式をしないとバチが当たるなどの声が聞こえますね。しかし、疲れてしまった人にとって何もしない選択肢はアリなんだよ。
「しない」選択をするのが子供が親に対する答え。

 

葬式をしないとはいえ親が亡くなった場合、年金の受給を止める、
死亡届は必ず出してください。
最後に親孝行は子が下す親への評価です。

 

 

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