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「みんな仲良く」はイジメのはじまり

140字じゃ収まりきらない!爆破!

イケダハヤトさんのブログ「仲良し教が大嫌い」を読んで、主に賛成意見と学校生活での違和感を写真の通り爆発させます。

www.ikedahayato.com

【熱量120%の内容はこちら】

・学校生活の「仲良し教」が生まれる瞬間

・巻き込まれが不遇な学生時代を過ごした体験談

 

先生「今からグループになってください」→クラス内に戦慄が走る

それも静かに、だ。

クラスメイトが好きな子で固めようと囲い込みが始まる。自分のグループだけまとまったら後のことは知らないでしゃべっている。その中でポツンと残っているのはだいたい目立たない人たち。ヒエラルキーでいう中より下か下

 

私はクラスのヒエラルキー最底辺出身なのだ。

【最底辺5大特徴】

・「みんなと仲良く」に弱く一人じゃ行動できない

・思春期特有の反抗期に乗り遅れる

・制服を着崩してもダサい

・昼休みに絶交されて翌朝また友達に戻ろうと言われてまた絶交される

・だが最後には先生が必ず助けてくれる

 

クラス内コミュ障は生きやすい

【コミュ障】

そもそも周りが相手にしないから当の本人は生きやすいのでは?一人で行動するのが当たり前と見られるし、たとえ気弱そうな風貌でも実はターゲットでないかもしれない。

コミュ障はジャックナイフなのだ。本人は自分の世界観が楽しいから誰ともつながなくても怖くないのでしょう。むしろ刃をむき出していたりして。学校行事でグループ分けが苦しいかもしれないが、あまり嫌な思い出としてカウントされてないのでは。

 

Q、イケダさんに質問です。

ブログに僕みたいなコミュ障とありましたが、クラス内のコミュ障な男子と話したことがないので知りたいです。

 

・「コミュ障」の欄を読んで共感や異論はありますか

・当時グループ分けや学校に行くのは怖かったですか、またどんな気持ちで過ごしていたのでしょう

  

【仲良し教に踊らされた人間は弱い】

特徴にもある私のような実は心を開けていない宙ぶらりんな立場は辛いのだ。学校行事で誰かと組むという、いざって時に存在感がなくなるから。

結局はいつもいる友達と組むのだが、「私はどこに運ばれるんだろう」って怖くなる。あの瞬間は地獄で血の気が引くんです。

 

【グループ分けで露骨に出る人間関係】

仲良し教に踊らされる子ってバターナイフなんですよ。自己犠牲から周りを無条件に迎合したり、いじめに加担せざる得なくなったり。だから中高生はTwitterで人格を使い分けるような面倒なことを平気でやってしまう。

心は正直でいたいのに友達であるという証明を作るために必死になってしまう。それが露骨に出るのがグループ分けなのだ。 

 

誰かと組むものは大抵一人でできる

本当は自分のタイミングで組んだり、なんだったら修学旅行は一人で回りたい。体育の時間のトレーニングも、ペアになったワークショップも大抵は一人でできるものをわざわざ組む。

先生がポツンと残っている人をそう思っていたら見当違いです。

(ただ、キャリアが長く生徒をよく見ようとしている先生はクラス内のヒエラルキーなど百も承知。誰がイジメられているか直感レベルでわかっている)

 

一人でいる=かわいそうではない!

 

そもそも学校は自立支援の機関。

一人でも生きていけるけど困ったら誰かに助けを求められる人間を育てる場所あるべき。実際は共依存育成所ではないかって。

ふり返れば適切な場面で甘えるのではなくて過度な依存を強要されていると。

 誰かといないと生きた心地がしないのではなくて、一人でも楽しい「私の人生を生きている」と思えるように学校、家庭、地域で育んでいきましょう。

 

 

学生諸君、早くヒエラルキーから出ろ!

イジメの始まりはクラス内ヒエラルキーによるトラブルです。

たいして情のない人間関係なんてないものと同じですよ。なにせ毎日がクラス内を攻略するバトルロワイヤルなんだから当然です。攻略できない要領の悪い私は不遇な時代を過ごしました。

ですが階級を離れた瞬間、本来の楽な自分に戻ります。押し込められた感情が爆発して大きな花を咲かせることもできるのです。

 

 

 

ヒエラルキーを出て初めて一人前になれるのだ。

私が断言する。

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