サーフィンで感じた住民が被災地に住んでいたい理由

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人生初サーフィン

被災地ではないですが神奈川県の海に行ってきた。
夏休みに水着で海に行くという夢がやっと叶う。

しかも海で遊ぶだけじゃなくてサーフィンとBBQまでついてくる幸運ぶりだ。
今年も私は運が良い。

波乗りから見た住民、サーファーの生活からまちづくりに必要なものを考えてみた。

 

 

 

1、住民は海を中心とした生活リズムがある

海まで移動する人は自転車にボードをひっかけて当たり前に移動

・学校が終わったら海で遊ぶ

・1時間あればサーフィンやヨガを

夜はオシャレでこじんまりとしたバルで毎晩飲んで1日の終わりまで楽しむ

・毎週末は海でBBQしながらガガを流す

・自宅にはしっかりとしたBBQ機材がある

 

12時間くらい神奈川県に滞在して時間を忘れるほどゆったりとできた。イケダハヤトが言う「まだ東京で消耗してるの?」が響く。都内には住みたくない気持ちもよくわかる。海の方はテンションが違いますよ。たとえ1日のスケジュールが忙しくても余裕がある感じ。そして湘南ナンバーの車はなんだか悪そうだ。

 

 

2、消耗都市が見習いたいサーファー脳

サーファー講師が「今日は乗りやすいけど明日はどうなるかわからない。毎日、水温や波の動きが違うからその都度様子を見る」って言っていました。うろ覚えですが、サーファーは「今日は波に乗れて楽しかった。明日がどうなるかわからないけど、また見れば良いや」と楽観的な様子でした。明日できなかったらどうしようって切羽詰まった感がないのです。

都心は電車が2分遅れただけでも目的地に5分は遅れるからとピンチなのに。今日は今日、明日は明日と1日に区切りをつけている生活が人間らしい。

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3、まちづくりには住民が「何と共に生きているか」を知る必要がある

東日本大震災が起きてから仮設住宅から地元に戻りたい人や、それでも地元に住んでいたい人が多くいるのは信じられなかった。「死の街」とまで言われてしまっている場所に戻るなんてありえない。んな津波が起きる場所に住む人が悪いとさえ思っていたわけです。口に出して言わないけど結構私は冷めた目で見ていました。

 

でも海に行って視点が変わった。神奈川も東北も同じように海と共に生きているアイデンティティがある。もっと言うと、海に合わせた生活リズム・この街が好きな人と集まったあの居場所が住民にとってすごく大事だったんだなと感じたわけです。

だから「帰りたい」や「住んでいたい」と。海という自然と共存しているからこそ起きる発想です。その思いは震災の復興を後押しする強い存在。その街の人は海と共に生き、私が住むベッドタウンは何と共に生きているんだろうとぼんやりしてました。

 

例えば最近増えてるのはアートでまちづくり。私はアートが好きなので大歓迎だけど違和感があるのはアートやそれに関わるコミュニティと共に生きたいかって視点が欠けているからではないかと。直島が富裕層に不評な記事を読んでもしこれが本当だったら手遅れにならないうちに整備して欲しいなあ。

www.mag2.com

 

 

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