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私がメディアになる

~目指せ、ブログ界のテレビ東京~

あいさつができないのは社会人失格なのか?

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気づいてしまったのだ。

本当はあいさつが苦手なことに。

特に会社の中で「おはようございます」と「お疲れ様です」が苦手。でも初対面の人や会合で会うときのあいさつには全く抵抗がないのです。

 

~余談~

先輩より先にご飯を食べたい時は「お先にいいですか?」と言うのも嫌なのが本音。それと誰かと食事するときに全員が来るのを待つのも違うと思う。食は鮮度が命。少しでもあたたかいうちに食べたい。食事の機会があれば相手には鮮度が命だからと早く食べさせてあげたい

 

 

職場で気配がないと言われて

理想は朝起きたら誰にもあいさつせずに寝巻のままデスクに座り(会社なら無言で着席)お昼まで作業をやってご飯を食べる。仮眠をとる。そして定時にお疲れ様を言わずに帰る。

そんなスタンスだから「あ、いたの?」とか「もう帰っちゃったの?「気配ないよね」と言われる数が多い。しかも仕事中にしゃべっててうるさい先輩に「気配の消し方を教えてくれ」とも言われた。

 

 

AM9:00から思考停止

小さい頃から良い子ちゃんだったのだが今思えば、しろと言われていたからしていたのだ。おはようと言われたから反射的に返すだけそこには何もこもっていない

両親には小さい頃からあいさつしなさい、学校でも話のつまらない校長にあいさつをし、卒業式などの式典にはPTAや役員に席をななめに向けて、役員の名前を言われたら挨拶をするあの行為は煩わしかった。よく知らない人に敬意を示すのは難しい

 

 

両親、学校の先生、その他のあいさつを支持する人たちへ。これは何を意味するかわかりますか?

私たちはこれほど情のない言葉を毎日発信しているわけですよ。完全に思考停止状態なのです。気持ちが良ければたぶん他の言葉も発してると思います。思考停止から一日が始まるのがいけ好かないのです。習慣や社会通念は時に思考停止を生むとわかりました。

 

するかどうかの良し悪しで他者を見ない、しかもあいさつを無視されても何も気にならない。雑談と同じで殺伐とした雰囲気が朗らかになることもあったのでした方が良いでしょうが私はあまり重要視してません。だからタイトルにある問いは違うのでは?と思っています。

 

 イケダハヤトさんのあいさつ論

www.ikedahayato.com

礼儀を示すのはそうだよねってなります。

気になるのは以下。

「仕事をする上で挨拶は必須だ。挨拶ができないやつは一律に人間としてダメだ」と考えている、偏狭でコントロール欲求が強い人と、ぼくは一緒に仕事をしたくありません。

 

 何だか日本社会においては「挨拶が苦手」と語ること自体がタブーみたいになっていますが、別に、いろんな人がいていいんじゃないでしょうかね?

リンク先を読んでみてください。極端な意見ですが、イケダさんはあいさつが良くてもこの人イイネ!とはならない人なのかな?どうだろう。

 

あいさつに目的があればしたくなる

気持ちの良いあいさつっていつしました?

された覚えはありますか?

 

先輩だから後輩だから職場だから敬意を示しなさい、あいさつしなさい、それが社会だからって言い方に違和感があるのです。職場だから、常識だからあいさつするのは効力が薄い

する目的があればあるほど意義を見いだせて効力があるのでは。例えば犯罪対策で日中に近所であいさつをし合うと空き巣が入りにくくなるなど。したくなる・返したくなる目的があっても良いでしょう?

 

 

それ以上に

言われるがままにするのではなくて、

あいさつ代わりに笑いをとる人が好き。

 

 

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