スマホばかり触る人へ五感を取り戻して欲しい〜ダイアログ・イン・ザ・ダーク「暗闇で体験する日本文化」を体験してきた〜

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サトエリです。

ダイアログ・イン・ザ・ダークってご存じですか?(以下DID)
2017年の夏に惜しまれつつもと東京・外苑前会場の常設展が閉店になりました。

チケットが売り切れてしまって行けなかった人も多いでしょう。
私はどうしても参加したくて、新宿ルミネ0で同時期に開催した「ダイアログ・イン・サイレンス」に行きました。
あれから本家を体験したくて取材に行きました。

 

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ちなみに今回のテーマは「暗闇で感じる日本文化」
サイトを見ても徹底的にネタバレさせません。
すぐ調べたがる人はもどかしくなるでしょう。

 


だけど、何も知らないままなら純度100%な気分で体験を楽しめるはず。
本来なら新しい体験に事前情報なんかいらないんだよ。

 

ぜひDIDに行くときはスマホの存在なんか忘れてくださいね。
それでは暗闇の世界へどうぞ。

 


「ダイアログ・イン・ザ・ダーク」とは?

 

完全に光を遮断した"純度100%の暗闇"の中で、さまざまな体験を通じ「五感」の気付きや「コミュニケーション」などを楽しむソーシャルエンターテインメント。

 

参加者は光を完全に遮断した空間の中へグループ(8名程度)で入り、暗闇のエキスパートであるアテンド(視覚障がい者)のサポートのもと、中を探検し、さまざまなシーンを体験する。


1988年にドイツの哲学博士ハイネッケ氏の発案により始まって以来、世界41か国、130都市で開催され、これまで800万人以上、日本では20万人以上が体験している。
http://www.dialoginthedark.com/did/

 

 

今回のイベントは
こちらの企画はオリンピック・パラリンピック東京大会に向けて日本文化の魅力を体験する特別コンテンツです。

 

視覚障がい者のアテンドと共に純度100%の暗闇に入り、四季折々の音、書き初め、お茶、昔ながらの日本の遊びなどを楽しめます。

 

 


自分は他人にどこまで優しくなれるか?

ロッカーに全荷物を置いて手ぶらにします。(デポジットなので100円は戻ってくる)
次に待合室で体験前後に同じアンケートを書きます。

 

設問は呼ばれたいあだ名、「自分の対人関係の距離感」と「人との関わり方の本音」について聞かれます。

 

友達、知り合い、近所の人、親をどれくらい信用できるかを5段階に分けたもの。
困っている人がいたら助けたいか・自分が困っていたら助けてと言えるかなど。

 

 

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書き終わったら体験前にアテンドの瀬戸さんが説明してくれます。
あだ名は「セトセット」。声がハキハキしている極太な眉がポイント。

 

しばらく観察すると視覚障害者は見えない分、声が目の代わりになっているんですね!
暗闇では居場所を伝えるためには健常者より2倍声を出す必要がある。

 

説明中に私たちが輪になってイスに座っているときも声が聞こえる方に体を向けていました。

ちなみに会場に到着してから暗闇に入るまで20分で終わらせるDIDスタッフは神!
このスムーズさを味わうだけでも来てほしいくらい。

あと入室前に白杖の使い方を教わりましたが想像以上に軽かった!

 


さーて、いよいよ暗闇体験かーと思いきや
「せいやせいやせいやせいや!」
「!?」

飛び跳ねるようにして走りながら法被にはちまきを締めたお姉さん、参上。
どこから声を出してるかってくらいめっちゃテンション高い。

 

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参加者もテンション上げるべくに円になって「せいや!せいや!せいや!せいや!」とぐるぐる。
緊張しながらもだんだん体をほぐしていきます。うえええ~~い!

さて、前フリが長くなりましたがいよいよ入室。

 

 

 

障害者と健常者の立場が逆転


そこにはもう一人のアテンドさんが待っていました。
「今から真っ暗闇の部屋に入ります。もう見ることは諦めてください」と。
ゾッとする一行。

 

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だんだん暗くして本当に真っ暗になったところで自己紹介。
もう一度言いますがまだ入ってません。

 

誰かが同時に声出しちゃうと思ったら、不思議なことに全員が空気読んで無事終えました。
次の試練は「あいうえお順に一列に並ぶ」

「前にいるのはエリさんですか?」
「あ!誰かに当たった!」
「か行はこのへんかな~?」

 

もう、壁に体が当たるわ白杖が「カーン」とぶつかるわでカオスな状態。
無事一列に並んで今度こそ暗闇へ。

 

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見えない場所はのびのびできる

 

カサカサと葉っぱのような物体がメガネの横から入ってかゆい。
とにかく白状を落とさないようにひたすら前進。

 

すると左からアテンドさんの「こちらに来てください~」と声が。
物もなさそうだしどこに連れて行かれるんだろう・・・

 

人が円の内側や外側を向いてぐちゃぐちゃ。
静かにしてしばらく経つと日本が1年で行う行事が音声で次々と流れてきた。

 

 

「ヒュ~~~ドドドド~ン」
「わっしょい!わっしょい!」

 

 

新年で流れる琴の音、花火、祭りの音、子供たちがわっしょい!と元気に神輿をあげる音。

これらは視覚で見たら楽しいんだろうなーってものばかり。
私たちは視覚がメインで音をサブとして楽しんでいるのがよくわかる。

 

 

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今は見ることを諦めているため自然と声と触感だけに集中します。
見えないメリットは余分な情報を完全にシャットアウトできること。 

 

「見えない=気にしない」はある意味のびのびできるんです。
もう一度言いますが、どんなに目を細めても何も見えません。

 

 

暗闇で書き初めを体験する

 


次は書き初めとのだてを選んで体験します。

私は書き初めを選びました。部屋はまさかの段差を超えた畳の上!
明るければさくさく行けるのに遠く感じるぞ・・・


おそるおそる移動する私たちにアテンドさんは小気味良く次のお題を出してきます。

「靴を脱いでください。自分の靴の触感をおぼえといてくださいねー」

靴なんて普段触らないからわかんないよーって声が聞こえる中、私はしっかりベロア素材をチェック。

 

 

白杖を預かって段差を上ると意外と高い。手のひら縦2枚分。
二足歩行を断念して20数年にハイハイした。
大人がぞろぞろとハイハイしているシュールな光景じゃありませんか。(見えないけど)


やっと登ったけど机の位置や右左もわからない。
手探りで机の縁を確認して座ると他の人がアクシデントにハマっているではないですか。

「あー!何か破れた!」
「手に墨がついた!新聞紙で拭いちゃえーー」
座ると思わなかった高齢の女性は「足が組めないーいたたた」って悲鳴を上げている。

 

書き初めのお題は「今年1年のテーマを漢字一文字で書く」
黙々と書いていると
「絶対色紙から飛び足してる」
「筆を離したらどこが半紙かわかんなくなっちゃったー」

なわけあるかいと甘くみていた私もしっかり飛び出しました。
書いた字はこちら。(色紙は終了後にもらえる)

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なんだかわかりますか?「遊」ですよ。
理由は遊びを知らない大人になってしまったから。
発表タイムで「今年は水たばこを吸ったり、新宿二丁目に繰り出して飲みたい!」って熱く語ってきました。

 

 

 

暗闇なのにこたつでみかんを食べた


全員の発表が終わると階段を降りてまた移動。

 

お、遠くから「こたつがある-!」と聞こえるではありませんか。
近づいて手を伸ばすとじんわりあったかいおこたがありました。

おしくらまんじゅう状態でカゴにはいったみかんを分け合いました。

 

暗闇で食べても味は変わらない。でも見えない分、味わって食べていた気がします。
しばらくしてこたつから出ると寒くてまた戻りたくなる。

 

まだ体験があると思ったら出口に向かってる。

入口にあった葉っぱのカサカサが同じようにメガネに当たってはじめに戻るのを感じる。
本心はやっと暗闇になれたところなのにさみしいもんです。
外に出たら視覚優位の生活になってしまう。

 

暗闇を出て自己紹介をした場所に戻りました。
アテンドさんが目がびっくりしないようにそっと明るくすると純度100%の暗闇から50%ほどの暗闇に。
そしてカーテンを開き現実の世界に帰還。

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ここでイベントレポートはおしまい。

 

 

 

スマホを置いてDIDへ

 

最後に、目が見える人からしたら花火やおみこしも視覚だけに意識がいって他の役割はおまけにしかなっていないのでは?


五感によって身体が支えられている。

特に触感とそこに宿る想像力はもっと大事にされていいでしょう。


個人で体験できる常設会場は大阪「対話のある家」にあります。そのほか、外部開催も不定期に行われているので、サイトやSNSなどチェックしてみてください。

 

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LGBTがあるなら発達障害の「脳の多様性」もあるべき/自閉症スペクトラムとは何か・千住淳

脳外科医のイラスト

 

障害をわかりやすく説明する難しさ

サトエリです。
発達障害について聞かれる場面が増えましていつもこう答えています。

・脳の特性であり、その振り幅が大きい状態
・個性の範囲を超えて本人が意図しない環境で出てしまう状態
・さらに求められたらアスペルガーとADHDの説明もする

 

でも上の説明では不十分だと思いました。
なぜなら聞き手は「そもそも個性が障害になるときがあるのか?」って表情をするから。

たしかに脳の特性や心の動きは個性だけど、それが「障害」になるときは個人と社会との関係性によって決まっているからです。

サブタイトルにも「関わり方の謎」とあるように、発達障害を理解する上で国の文化や歴史というフィルターを通さないと進まない。


もしかしたら日本人の習性に合わせた説明をしたらうれしい誤算が起きて、日本の問題点を溶かせるフックになるかもしれないんです。

著書は基礎研究をかみ砕いて書かれていて大変読み応えがあります。
ちょうど一般書と専門書の間。発達障害のややこしさは似たような名称が多い、診断の基準がわからないなど踏み込んで調べようにも少し面倒ですよね。

しかし障害の概念、診断基準、研究段階のもの・障害は個性なのか?など、はじめて知った人が必ず出る疑問を解説。
説明に困ったら読んで使ってみましょう。 

 

自閉症スペクトラムとは何か: ひとの「関わり」の謎に挑む (ちくま新書)

自閉症スペクトラムとは何か: ひとの「関わり」の謎に挑む (ちくま新書)

 

 

 

LGBTがあるなら「脳の多様性」もあるべき

 

SNSで発達障害に対しての意見がよく流れてくるんです。その中で気になったのは

「発達障害のような特徴があるけど自分で環境を変えてきた。
だから障害とは思ったことがない。個性なんだから気にしなくても良いんじゃないのか?」

 

と、ざっくりこんな感じであって非常にもやもやしていました。

この「個性なんだから気にするな」は悩んでいる人にとって問題をなかったことにするニュアンスを感じ取ってしまう。

たぶんこの方は苦手を避けるためにお金と時間をかけて合う環境を作ってきたんでしょう。

しかし、社会生活と求められるハードルが高いが故にしんどくなっている人がいるのも事実なんですよね。

そこで著者は障害を抱える人に対する支援や治療、乗り越える訓練だけでなく「社会がハードルの位置を変える」方法を提案しています。
少々長いけど大事な部分。(読みやすいように修正)

 

歴史の中で「社会」を変えることで「障害」を乗り越えた例はいくつもあって、人種差別を法律で撤廃したら人種という「個性」が、社会参加を阻む「障害」として考えられなくなってきました。

発達障害も同じように自閉症は「治療の対象」ではなく、「脳の多様性」であると主張がなされています。

人種や性別によって差別されることがあってはならないのと同じように、「脳の多様性」を認めない社会は問題であり、さまざまな脳の動きを持った人が、公平に参加できる社会を目指すべきだ、という議論です。

社会の側から「障害」を取り除く努力は、「障害」をうけて社会参加を阻まれている方々だけではなく、社会全体にとっても重要な問題です。

発達障害を「保護すべき対象」として捉えている限り、彼ら、彼女らの才能が社会で活かされることは困難です。P29

 

この文章を読んで「乙武さんが障害者と呼ばれなくなる日は来るのか?」と考え込んでしまいました。
怖いのは何を障害とするか、誰を排除するか、どこまでを障害とするかって人間が決められてしまうんだよね。

世界には手足がある人が不自由しない場所があるかもしれない、逆に何もハンデがない人が「今日からお前、障害者」と言われるかもしれない。

当人と周りがコミュニケーションを取るためのつなぎの言葉が見つからないからこそ、間に「障害者」って言葉を入れて人間関係を回しているんでしょうか。

 

 

 

国の文化によって診断基準の具体例がちがう


冒頭でもお伝えした文化のフィルターを通して伝えるについて。
社会の理解だけではなく、もっと重要なのは個人が「医療や教育を受けることができるかどうか」です。

自閉症がどう現れるのか、具体的にどのような診断基準を使えば自閉症とうまく診断できるのかについては、文化によって少しずつ異なる可能性がある。

また、自閉症に見られがちな行動の特徴のうち、どれが「許容される」範囲の行動であり、どれが社会参加への「障害」となる行動であるかも文化圏によって違うと筆者は言います。

インド、アメリカ、イギリス、韓国、日本の例を出していて、各国の具体例が「まさかそこくるか?!」と唸るほど。全部は書き切れないので日本のだけを。


日本など東アジア文化圏では、「相手も気持ちや場の状況を把握することの困難さ」が、またものごとを全体的に捉える傾向、文脈を重視する傾向が見られます。

このような物事のとらえ方の文化的な違いは、理解や記憶したりする心の働き方の発達に影響を与えるみたいです。

 

 

 

社会に残る伝統は当人とその家族の「生きにくさ」に影響


日本って家族でなんとかする、もしくは何かあったらまず家族を頼れって風潮を感じます。しかし、当人と身内だけでなんとかするには事前に良好な家族関係を築いていく必要があります。

たとえ頼り合う土台はあったとしても他人に頼らず家族にしわよせがいくのは、それこそ「保護される対象」に押しやられてしまったままになります。

 

文化や人間の特性の違いから発達障害の理解を進めることで、それを妨げる文化を徐々に溶かせるのではないか?が持論です。

常識や伝統は「許容範囲」として、障害とは一生続くものではなく「濃淡の問題」
としたら、永遠に解決できそうな問題かもしれません。

 

それでは続きはこちらの本で。

 

自閉症スペクトラムとは何か: ひとの「関わり」の謎に挑む (ちくま新書)

自閉症スペクトラムとは何か: ひとの「関わり」の謎に挑む (ちくま新書)

 

 

女子会がつまらないのは悪口のレベルが低いからだ~ビートたけし「悪口の技術」感想

言いたいことを!言ってやれ!

 

ビートたけしが2002年くらいの日本で起きた事件やイベントを斬っていきます。
ノウハウ本じゃなく「悪口さえも言えない人はパンチお見舞いするぞ」って内容。

家じゃ居場所を失い、残業があって帰れず、男は黙ってナントカを鵜呑みにしてきた。政治家は「このハゲー!」って暴言しか吐けない。


こういった人たちは言葉で牽制し、センスのいい返しを知りません。
自分の意思関係なく状況のすべてを飲み込んできた。

これ以上、言われっぱなしでいいんですか??
負けないために自分の悪魔性を出していきましょう。



女子会は話の論点がズレて戻らない「旅行先でシャンパンで乾杯旅行先でシャンパンで乾杯」のフリー写真素材を拡大

私が嫌なのは女子会の「論点ズレ」です。
これって、メンバーが何を手土産にしているか・求めているものがわからないから起きるんじゃないか?

例えばA子は仕事の愚痴、B子はのろけ話
、C子は子育て、D子は夢について話そうとしてても、突然思いつめたようにA子が「上司がうるさくて~異動したい~」って愚痴を切り出すとメンバーはフォローするために色々言い合うじゃん?

でも、A子がこの会に何を求めているかがよくわからない。

人数が増えると愚痴るのを躊躇しているのかな。

それともただ吐き出したいんだろうか。

と、色々想像はするけど実は他人の時間を使って振り回すことを楽しんでいる魂胆を感じたとき、非常に愕然としました。

 

 

話したいのに順番が来ないな?「徳利(とっくり)と升徳利(とっくり)と升」のフリー写真素材を拡大

独壇場になるとB子も話したいけどタイミングがつかめないってあるよね。

いくら古くからの友達とはいえ属性がとっちらかっている人が集まる飲み会で、まともに自分の話ができて他者の話が聞けるとでも思ってるんだろうか。
あまりに独壇場だからB子たちが頭グラグラしている。

 

じゃあ、なんで休みに集まるか。
鮮度命の
ネタを話したいよりも「仲間と声を発したい」に近いんだよ。
私は「共鳴」が目的だと悟ったから1対1で会う飲み会を楽しんでます。

 

大人数の飲み会も同じで一人当たり近況報告できる時間が短い分、普段からネタを話してて、エピソードトークが上手な人が場を牛耳りやすい。
この「普段から」が大事で、飲み会は普段の話の続きを聞くためにあるようなもんだよ。 

 

 

「夜の繁華街の看板夜の繁華街の看板」のフリー写真素材を拡大

そもそも悪口は高度な雑談

「悪口」って言葉が悪いのかもしれないな。
一口に悪口ったって、いろいろあるよ、笑える悪口、最後っ屁みたいな悪口、世の中を動かす悪口。

おいらも長いこと悪口言ってきたけど、なかなかどうして奥が深いんだ
~略~
結局、漫才もバカ話なんだけど意外に知性のやりあいみたいなところがあるんじゃないか。



不思議じゃないですか?
悪口、陰口、侮辱、批判、差別、偏見って並列にされているのって。

本来は被りつつも別々な意味。


言葉の使い方も発信側の社会的立場、どこをけなしてしまうか、死に追い詰めるほどか、嫌な思い出か、個人ではどうにもできない文化や歴史が関わるのか、本人が目の前にいるかによってどこに分布されるか違うはずです。

 

そして、ビートたけしが言うように悪口にも微妙なニュアンスの違いがあって、女子会や女性が多い部署で出てくる悪口は「ダダ漏れ系」です。
女性同士の会話は結論不明・不満が多いって聞くけど半分正解・半分不正解。


いつまでも話し手は「こんな風にフォローされたい」って言葉を聞き手が言うまで垂れ流し続けるんですよ。

 

 

悪口言えない社会は苦しい。おもしろく、スパッと切り上げる

だからこそ「どう言うか」と「切り上げるスピードの速さ」が大事。
また、マイルールとして容姿・人種差別・間接的な個人攻撃はしないと決めています。

 
著者の教養ある軽快な悪口は体の芯からスッと毒が抜けていく感覚がありますよ。
文がもたつかず早く次を読みたくなる。

かたくなに悪口を言わない人種はつまんない。
毒の吐き出しや物の言い回し方を学ぶ機会を捨ててるようなもんですから。

己に悪魔性などないと言い切れるのか?

 

ビートたけしによる悪口5ヶ条

一筋縄ではいかない相手に何か申しておきたいときに使ってください。
各章のはじめに載っています。

 

1、悪口はできるだけ細かく具体的に。主観もいっぱい混ぜて
2、世間的にきちんとしていなければならない人にこそ、悪口は効く
3、偉い人には上品な悪口を。「裸の王様」のように、おだてて落とす
4、ストレートな相手にはストレートな悪口を。ひねりまわしても、わかってもらえない
5、金持ち相手には貧乏自慢を。経験がないことが一番応える

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